「水とり」も「砂とり」も

裏鬼門といわれる南西の方角に日枝神社を移築し、北の方角にある日光に東照宮を建てるなど、東西南北に霊場を配して徳川家の安泰を長男で継承せんと願ったのです。こうした呪術的なしかけは、気学やそれを転用して説く風水で必ず引用され、徳川時代が三○○年近く続いた史実と照らして、それだけ効果が絶大であったことを示す材料によく使われています。しかし悲しいかな、徳川家の系図をみると、長男が立っても若くして死んだり、障害があったり跡継ぎに苦慮したことは歴史が示すとおりです。確かに家の北東部は「長男の間」であることは筆者も認めています。しかし、その延長線上に守護神を置いて(寛永寺や東照宮)加護をと願ってもそれはできない相談です。結論からいって「方位相」に依存したこれまでの「水とり」も「砂とり」もナンセンスであることがおわかりいただけたでしょうか?ちょっと本題からそれますが、「今日はいい日か、悪い日か」などと占うという日替わりの「時期相」にも疑問があります。星は一巡して、また同じところに戻るもの。占いの本質がわからない方々が「今は冬です」「明日は春です」などと言葉を置き換えて四季折々の気温が上がった下がったといっているだけのことです。そんなことでは本質的な問題解決にならず、これらをお遊び占いというのです。やはり家の盛衰を占うには、その土地や家そのものに内在している深い意味から占うのが本当のようです。確かに人間はその時々の環境に支配されて生きている動物です。しかし、どんなに酷く無慈悲な条件にあっても、人類は五○○万年も生きのびてきたというのも事実です。これは種族保存本能性といって、強靭な生命力を宿していたからです。